マチコ、こっち見ないで。
小野寺マチコというアイドルは結局、10万2千人のオタクどものためではなく、たった一人の一ノ瀬夏希という友人のために、アイドルであろうとしていた。
その事について、どうにも整理がつかなくて、10万2千分の1、に、いつの間にかなっていた私は、ささやかな絶望と、どうしようもない希望を、ここにしたためることとなる。
オタクは推しを救えない。
誰もが目を逸らし続ける、どうしようもない、世の真実だ。
俺が推そうが、声を送ろうが、マチコはスキャンダルに潰れて、テレビの仕事からだって逃げ出す。
なのに彼女を救うのは、たった一人、彼女が追いかけ続けていた少女からの「あなたを見ている」「あなたを待っている」「あなたを応援している」のメッセージだ。
ふざけんな。俺らが同じこと言ったって、ずっと耳塞いでたくせに。なんだよそれ。チートじゃねぇかよ。
でもさ、じゃあそもそも、マチコが俺らの期待に応えてたかっていうと、ハナっからそうじゃなかったんだよな。
ビールが好きなビアドル。特技は相撲と和太鼓。なんだよそりゃ。なんでそれで売れると思ったんだよ。
だけどビールを手にするマチコも、シコ踏むマチコも、バチ構えるマチコも、マジで「嘘」がなくて。
ああ、こういう子なんだな、自分が好きなものを引っさげて、自分の信じるものを、丸ごと愛してもらいたいって、ぶつかってきてたんだ。
そして俺たちは、そんなマチコだったからこそ、好きだったんだ。
俺と目を合わせて笑顔を振りまいてくれたわけでも、俺に色恋営業で夢見せてくれたわけでもない。
マチコは、徹頭徹尾、マチコのために生きて、マチコのために笑ってたんだ。
それの何が悪い。
そんなマチコのオタだから、俺は誰かに笑われようと、マチコが好きだって言えたんだ。
俺は、誰かに自慢するために、誰かと数や愛を競うために、マチコ推してるんじゃねぇんだよ。
だから、
マチコ、こっち見ないで。
自分の信じるものだけを見て。
俺のことなんか認知するな。
俺のことなんか気にするな。
俺は勝手にお前を推すから、勝手に好きだと喚くから。
俺にはお前を救えないけど、勝手に俺は救われるから。
ねぇあなた、この絶望がどんなものかわからないでしょう。
こんなにあなたが必要だと叫んでいるのに、自分は誰にも必要とされないみたいな顔される気持ち。
カウント!カウントして!!!私を!!!!!
でも違うんだよね。あなたが必要とされたいのは私ではない。
きっと私はあなたの人生で、名前も出るか出ないかのモブ。
そんなモブから必要だなんて言われても、困っちゃうよね。モブにはモブの、あなたにはあなたの人生があるわけだし。
だけど、それでも、どうしても、干渉したいから、勝手に応援する。現場にも通う。
憧れは理解から最も遠い感情だけど、抱いてしまったら止められない。
お願い、だから。
こっちなんて見ないで。
自分の信じたものだけを見て。
言われなくても、あなたならそうするだろうけど。
気づいたらいつもずっと先に行ってる、だから。
もっとこんな、ちっぽけな声なんて届かないところに行って。
なあ、
マチコ、
ねえ、
ありがとう。
ずっと笑っててくれ。
笑った顔が一番好きなんだ。
それがこちらに向かなかったとしても。