アカイモリ企画

両生類とは水でも陸でも生きれるということでなく水と陸がないと生きられないものたちです

松野君への手紙(あるいは恋するニワトリの生んだタマゴ)

舞台の中心に、白い雨合羽を着た女が立っている。雨合羽のフードにはニワトリの顔が書いてある。
女の奥にはママチャリがスタンドで立ててある。
女はB6サイズの白紙を両手で持っている。

 

暗転

 

「松野君への手紙」

 

明転

 

松野くんへ

誰かにラブレターを書くのなんて初めてだから、ちょっと緊張しています。
どんな凡人でも人生で一度だけ傑作を書ける、それは自叙伝だ、という話があるのなら、あなたに宛てたこの手紙が、私の書く唯一で最高の作品になればいいなと思います。


松野くん。
あなたはとても優しくて、弱くて、ズルくて、笑った顔が可愛くて、努力家で、ゲスくて。私は、そんなあなたのことが、好きです。

 

私、今まで誰かに告白する勇気なんてありませんでした。
今こんなことを言えるのは、あなたが、絶対に私の声の届かないところにいるとわかっているからです。
松野くん。松野チョロ松くん。チョロちゃん。
わたしは、あなたのことが大好きです。

 

あなたは例えば女の子に声をかけるのだって「あんな美人、僕には釣り合わない」とか、
就職にしたって「もっと合った企業があるはず」とか言い訳ばっかり饒舌で。
わかるよ。怖いんだよね。自分が評価されること、自分が何者でもないことを暴かれること。
言い訳並べて最初から勝負しなければ、負けることはないもんね。
なのに、そんな自分がどう見られてるかには人一倍敏感で。
ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃって、気持ちばっかり焦ってて。

 

そんなあなたが、兄弟たちとの競争の中で追い込まれてついに叫んだ「認められたい」という言葉。
それは私の中にもずっとあった言葉で、だからこそ、それをついに口に出したあなたのことを、好きになってしまいました。
そしてあなたはついに自分と向き合い、就職もして。あなたはギャグ世界の住人という宿命から逃れられないから、地球は爆発してあなたの決意もすべて塵と化したけど。でもね。
私、あなたの姿に勇気をもらって、事務所のオーディションを受けました。あなたが描かれたキーホルダーをお守り代わりにして。

 

女、自転車に乗り、その場で漕ぎはじめる。 


ファミマとのコラボ、ローソンとのコラボ、人気のグッズはすぐなくなるから、あの頃は朝から自転車でコンビニをハシゴしました。
桜が咲いているのを見つけたり、川で魚が跳ねるのを見つけると、この町であなたと暮らせたらなんてひとりで妄想しました。
あなたのグッズもたくさん集めました。でも、結局それって結局ただの絵で、それ以上でも以下でもなかったんです。

 

自転車のブレーキをかける。

 

この恋は私にとって絶対に負けない戦いでした。だってあなたは実在しないから。だけどもその代わり、絶対に叶わない恋でもあったんです。

 

自転車を全力で漕ぎだす。

 

チョロちゃん、チョロちゃん。
この自転車をいくら漕いでも、あなたの元へはたどり着けない。あなたの世界線と、私の世界線が交わることは決してない。

 

何かに思い至り、ブレーキをかけて自転車を止め、歌を口ずさむ。
谷山浩子『恋するニワトリ』の三番。

 

あの人 立派な風見鶏
私は小さいニワトリよ
貝がら食べても鉄にはなれぬ
貝がら はじける胸の中

 

歌の途中で手紙を破り、口に運び、食べる。
小さく笑う。
自転車を降り、手紙をビリビリに破り捨てる。
が、

 

でも、だけど、だからこそ、それでも、私はあなたのことが好きで、たとえば私が会社で理不尽に怒られた時、どこか別の世界の空の下であなたも社会と、自分と戦っているのだと思うとその事実が、誰かが「妄想」と呼ぶであろうその事実が、私を救うんです。

 

ちゃんと、伝えようと思いました。
3年もかかっちゃったけど。

 

自転車のカゴから両手いっぱいの封筒を取り出す。
空に向かって力いっぱい放り投げて

 

チョロちゃん、大好きだよ。

 

封筒は天井にぶつかり足元に散らばってゆく。
封筒と共に投げられた、手紙にならなかった紙片が紙吹雪のように舞う。

 

届きませんように。どうか、届きませんように。
あなたはあなたで勝手に生きてください。
私も、私で勝手に生きます。勝手に好きでいます。勝手に勇気をもらいます。

そして時々こうやって、ひとりでタマゴを産んだりします。 

 

チョロちゃん、ありがとう。

 

恋するニワトリより


一礼。暗転。 

 

 

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