アカイモリ企画

両生類とは水でも陸でも生きれるということでなく水と陸がないと生きられないものたちです

結局どんな俳優になりたかったのかと考える春

事務所を辞めました。
なんか「辞める」って言葉のキツさが嫌で
自分からのお知らせはだいたい「退所」という言い回しにしたし
自分の中では「独立」みたいなニュアンスの感覚を
強く感じているなーと思うのだけど。

なんかね、ツイッタでも書いたけど、春だしね、平成も終わるしね。
平成も終わるってのは、こりゃ、でかいですよ。だって平成生まれだもん。
自分は平成の間に何を成し得たのかなとか
たぶんまだもう少しあるかもだけどでも「活動」という目で見たら
年数的にはそろそろ折り返しで、じゃあこの先の戦略があるの?
とりあえず10年続けてどうなったの?とね。

ENBUゼミに通ってた頃に、特別WSだったか演技の授業だったかは忘れたけど
「あなたの憧れる女優・俳優は誰か」
「その人の魅力と思う部分を述べてみなさい」
という機会があってね。

私は大谷亮介さん(元東京壱組・現壱組印)がとても好きで、
理由は「とにかく楽しそうに芝居をする」「なので観ていて幸せになる」
そう答えたんですよね。

講師には、ぜんっぜん具体的じゃない、どうなりたいんだお前は、って言われましたけどね。
まぁその演出家さん(恩師の土田英生さんではない方、とだけ)は
「身近な先輩とか知り合い挙げてるようなちっちゃな世界見ててもしゃーない」という
スタンスでしたし、プロを観察して学べ(真似しろ)という意図の授業だったのだと
今になって理解したりもしたのでいいんですが。そりゃまあそうね。

昨年、ギジレンちゃん(私の大好きなguizillenという劇団)の
センチメンタル・ジャーニーズ』という、熱量と愛情と汗とよだれで創られた
愛しい作品に出演させていただいたのですが
そのときに、ずっと私を応援してくださってるお客さまや仲間から
「かりんちゃん本当にキラキラしてたね」「楽しそうだったね」と
そう言ってもらえたんですよね。
どんな感想もうれしいし、いろんな感想をもらうけども
そういうのは初めてだったし、それを受けて嬉しいなって自分で思えてなんかビックリした。

ギジレンの話するの、本当に楽しいんですよ。
みんな基本的にワクワクしてるし、無茶な頭悪いこといっぱい言うけど
500パーセント上乗せでカタチにしてブン投げてくるし。
あーしなきゃ、こーしなきゃ、より先に
あーしたい、こーしたい、がたくさんあって、でも根はリアリスト。
どうやったらできる?どうやったらワクワクさせられる?とそれが一番。
そしてすべてはお客様のため。
辰海さんの前説聞いたことある方ならわかると思いますが、本心なんですよね。
そしてそこを本心でできるかって、ほんと個人の性質なんだと思います。

トゥエンティの記事でも少し触れたけど、そして今度改めて書こうといいつつ
全然書いてないのだけれど(書きたいときに書くって決めたんだから仕方ない)
私はすごく「こうでないといけない」「こうあるべきだ」という思い込みが強い人で
かつそれを振り回しがちな人間だったんですよね。

どうしたら「とにかく楽しそうに芝居をする」人になれるかはわからないけど
たぶんその枷に縛られたままでは「そう」なれなかったんだな、
というのはやっと気づきました。

ギジレンちゃんの稽古場、ステージ、とにかく最高に楽しかったんだけど
私も誰かをワクワクさせてあげられてるかな。
演技はどちゃくそ下手ッピだけど、18歳の自分が見たらワクワクしてくれるかな。

そういえば、ギジレンちゃんに参加させていただいて
めちゃくちゃ楽しい演劇ライフを送るようになってから
Twitter経由で、小劇場観劇経験のない方に
「なんだかとても楽しそうなので」と、作品を観劇していただくことが増えました。

ワクワクは最高の宣伝になるのかな。わかんない。
今までは身内受けみたいでサブいから「やるべきでない」と思ってた部分あったけど
「知るか!楽しいんじゃー!」ってとこまで来れたら怖いものなしなのかもしれませんね。
狙ってできるもんじゃないんだろな。生まれた感情を素直に出していくだけ。

私は舞台がやりたいんですよ。劇場が好きなんすよ。
有名になりたいわけじゃないんだなと。
いや、自分が有名になって、自分の好きなものに触れる人が増えたら
それはすごく最高だなとは思いますけど。
そしてそういう戦い方をわりとしてきた気がしますけど。

人が生きるにも何か創るにもお金が必要で
そして会社という生命、劇団という生命を維持するためには
お金という血液を循環させていくしかなくて。

舞台、特に小劇場、なかなかビジネスモデルとして厳しいんですよねー。

自分個人に何が大事か、と、自分の所属する団体の損益を考えた時
お互いが一番幸せであれる道は模索し続けなければならないと思いました。

まぁそんな感じの「自分のやりたいことを自分の責任でやるための」決断でした。

誰に報告するでもない備忘録だったんだけど
結果的にギジレンちゃんへのラブレターになってしまった。

読み返してみて気づいたけども
「どういう人に本当はなりたかった」と
「そういう人になれるかもしれないと思えた」からの
「なので事務所を辞めました」の“なので”がうっかりすっぽ抜けてるな。
察して。感じて。駄目だったとか良くなかったとかではないとだけは言わせて。
あと、同業者以外には理解していただきづらい
劇団と事務所の違いについてなんかも今回の記事では割愛で。

そして一文字も出てきてないEgofiLterのことについてだけど
それはもうなんというか、愛であり執着であり業であり人生なので。
希望よりも熱く、絶望よりも深いもの。
そんな理由でここには書かないということで。てへぺろ

関係ない話だけど、実は舞台照明がちょっと楽しくなってきてる。
昨年から、少しずつ私にも責任のある立場で小さなお仕事いただけることが増えてて
所属的にフリーになって時間の制約も減ったので
そういうのも突き詰めていけたらなーと思います。プラン勉強しなおさなきゃ。


本田美奈子. - Oneway Generation

Oneway Generationって直訳すると「一方通行世代」なのかーと
こないだ今更ながら気づいた。
進路(というか春以降の身の振り方)についてわりと固めてから
春のアミティエシアターの照明とか出演とかしてたけど
この曲の歌詞がぶっ刺さった、ぶっ刺さった。

 

 

別れの歌といえばキャンディーズの『微笑み返し』引用しがちだったけど
今回ばかりはこの曲一択ですね。